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女性未病研究所に込めた想い

◇女性未病研究所を立ち上げたわけ

35歳の私へ・・・

30代。

女性として
最も輝いている、
夢や希望を
現実にする年代。

仕事も楽しくて、
何もかも充実していて、
さあ、次は?

もちろん、
結婚でしょう?
勉強頑張った、
仕事も頑張った。
次に頑張るのは
新しい事!
家族を作って、
新しい未来を築く。

彼もいる。

だから当然、
結婚して、
子供産んで、
新しい人生を
築き上げるんだ!

って、思っていました。
なんの疑いもなく。

人生、
勝ち組と言われていた、
そっち側にいるって、
勝手に思ってた。

でも、
どんなに頑張っても、
手に入らないものって
あるみたい。
努力しても
結果がついてこないことって
あるみたい。

それをいやというほど
思い知った時間が、
30代でした。
特に35歳の時のわたし。

どんどん体が
おかしくなっていって、
どんどん心が
追い詰められていって、
家族間の人間関係が
こんがらがっていって、

でも、
全部自分で
処理しようとして、
一生懸命
頑張っていました。

立ち回り方が、
頼り方が、
甘え方が
全く分からなかったので、
そんなもんだと受け入れて、
気が付いたら毎日、
生活するのが
やっとの体に
成り果てていました。

あの時、
誰かに話せたら。
情報があったら。
35歳の自分に、
教えてあげたい。

どうしたって
おかしいのに、
感覚が麻痺して、
それが普通になって
しまっていることを。

女としての人生の
もっとも美しい時間を、
ガマンすることなんてない。
苦痛でゆがめなくても
いいんだよ、って
教えてあげたいと思っています。

一生忘れられない、たった一言。

「お待たせしました!
・・・今何時?・・・
えっ!6時間!?
大丈夫ですか?
お辛かったでしょう?」
今思うと、
この一言が、
私を今の仕事へと
導いてくれたのかも
しれません。

その日、
私は家から
車で30分くらいの、
地元では
結構大きな総合病院の
産婦人科の待合室にいました。

お腹の大きな
女性たちに混ざって、
貧血でフラフラで、
ソファにうずくまって
ただ眠りながら
順番を待っていました。

子宮動脈塞栓術
(UAE)という、
当時まだ
よく知られていない、
でも、おそらく
その時の私には
ぴったりの最新の手術。
その予約を
取りに行ったんです。

多発性の
子宮筋層内筋腫による
過多出血で、
ほとんど毎日
出血していた
そのころの私を、
仕事が出来るカラダへと
導いてくれるはずの、
最後の希望でした。

この病院へ
たどり着く前に、
別のクリニックで
検査を受けていましたが、
そこの先生と相性が悪く、
怒鳴られ、
機材で乱暴に扱われ、
精神的にも肉体的にも
恐怖で固まってしまい、
その時
そこの先生が言った言葉。

「これは、
検査を受けようとする
人間の態度じゃない!
あなた、
このままだと出血しますよ。
続けますか?
止めますか?」

そして案の定、
予言通り、
生理が終わった
ばかりなのに、
精神的なショックからくる
不正出血が始まりました。
もう、ダメかな・・?
立ち上がるたび、
歩くたび、
さらさら血が流れていく。

子宮筋腫は
良性の腫瘍なので、
死に至るようなものでは
ありません。
ですが、
血が止まらない。

その日は夜用のナプキンを
一袋買って
持って行きましたが、
名前を呼ばれるまでに
使い果たして足りず、
小さいのを
いくつも重ねて
名前が呼ばれるまで
待っていました。

紹介状がないので、
一番最後。
朝の8時過ぎに入って、
名前を呼ばれたのが
午後2時。
ものすごいたくさんの数の
患者さんを
診ているはずですから、
機械的に対応されることを
疑わずに、
部屋に入った
その時の第一声が、

「お待たせしました!
・・・今何時?・・・
えっ!6時間!?
大丈夫ですか?
お辛かったでしょう?」

だったんです。
びっくりしました。

同時に、
ああ、助かる・・
助かった!
私まだ大丈夫だ。
って思いました。

その女性の先生は、
私の命とココロを同時に、
たったの一言で
救い上げてくれたんです。

泣きながら
今までの経緯を説明し、
その場で
手術の予約を入れました。

次の手がある。
次へ進める。

それは未来が
私の目の前に、
まだ続いていることの
現実でもありました。

嬉しかった。
どれだけ、
目の前の色が変わったか、
わかりますか?

手術は成功して、
過多出血は
ウソのように治まり、
あとは力をつけていくだけ。
のはずでしたが、
そう簡単には
体調は戻りませんでした。

ですが、
この時の先生の一言に
救われた想い。
どうしようもなく
彷徨っている時の
不安な気持ち。

この二つが、
女性未病研究所を立ち上げる、
大きなきっかけとなりました。

私みたいな、
もしくはもっと
大変な思いをしている女性は
たくさんいる。
そんな女性の
何かのお手伝いが
出来ないかな・・?
支えになれないかな・・?

今、病院では
異常なしと言われて、
でも辛い思いをしている
女性はいっぱいいるから、
何かの方法で、
支援したかった。

その第一歩が
女性未病研究所です。

 

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